コラム

【精神科医監修】高齢の親が眠れない方へ。薬に頼らない10の対策と原因を解説

【精神科医監修】高齢の親が眠れない方へ。薬に頼らない10の対策と原因を解説
尾内隆志 医師の顔写真

この記事の監修者

尾内 隆志(おない たかし) Takashi Onai, M.D.
  • 資格:公益社団法人 日本精神神経学会 精神科専門医
  • 所属・役職:医療法人社団 一秀会 葛飾橋病院 理事長(院長
  • 専門分野:臨床精神科医学一般、EDに伴う心理的側面
  • 医籍登録:医師免許取得:平成12年5月(医籍登録番号:409881)
学歴・職歴(要点を表示)

学歴

  • 郁文館高等学校(平成3年4月〜平成6年3月)
  • 聖マリアンナ医科大学 医学部医学科(平成6年4月〜平成12年3月)

職歴

  • 東京大学医学部附属病院 精神神経科(平成12年4月〜平成13年5月)
  • 針生ヶ丘病院 精神科(平成13年6月〜平成15年5月)
  • 初石病院 精神科(平成15年6月〜平成17年5月)
  • 手賀沼病院 精神科(平成17年6月〜平成18年12月)
  • 葛飾橋病院 理事長(平成19年1月〜現在)

理事長/院長よりご挨拶:
昭和32年の開院以来、地域の皆様に支えられ半世紀をこえる歴史を重ねてまいりました。社会や生活スタイルの変化に伴い精神医療も大きく変化しています。私たちは優しく開かれた医療をめざし、地域に根ざした活動を推進し、患者様・ご家族に安心いただけるホスピタルづくりに尽力してまいります。

監修範囲

本記事のうち、精神科医の観点が関与する記述(EDに関連する心理的側面・受診の不安軽減・受診行動に関する助言等)について、事実関係と表現の妥当性を確認しました。医学的一般情報であり、特定の診断・治療の保証を行うものではありません。

  • 利益相反:申告すべき利益相反はありません。
  • 最終更新:

結論:高齢の親御さんの不眠は、生活習慣の見直しや環境調整など、ご自宅でできる非薬物療法で改善が期待できます。

この記事では、精神科専門医の尾内隆志先生監修のもと、高齢者特有の不眠の原因から、今日からご家族で実践できる具体的な対策まで、専門的かつ分かりやすく解説します。

この記事でわかること

目次
  1. なぜ?高齢の親が眠れなくなる5つの主な原因
  2. 薬に頼る前に試したい!今日から自宅でできる10の不眠改善策
  3. 【認知症の方へ】ご家族ができる睡眠サポートのポイント
  4. 睡眠薬との正しい付き合い方|ご家族が知っておくべきこと
  5. 【ご家族の方へ】介護の負担とストレスを抱え込まないために
  6. 高齢者の不眠に関するよくある質問(FAQ)
  7. まとめ:できることから一つずつ。ご家族で穏やかな夜を取り戻しましょう

なぜ?高齢の親が眠れなくなる5つの主な原因

「昔はよく眠る人だったのに、最近は夜中に何度も起きたり、朝早くに目が覚めてしまったり…」

 大切な親御さんのそんな姿に、心を痛めている方も多いのではないでしょうか。

高齢者の不眠には、単なる「年のせい」では片付けられない、いくつかの医学的な理由が隠されています。

このセクションでは、高齢の親御さんがなぜ眠れなくなってしまうのか、その背景にある5つの主な原因を掘り下げていきます。

原因を正しく理解することで、ご家族としてどのようなサポートができるのか、そのヒントが見つかるはずです。

高齢者の不眠の5大要因(生理的変化、生活習慣、身体的要因、精神・疾患要因、薬剤性要因)が相互に関連しあっていることを示す図

原因①:体内時計の変化と睡眠ホルモンの減少(生理的要因)

はじめに、加齢に伴う睡眠時間の短縮や夜中に目が覚める回数の増加は、ある程度は自然な生理的変化です。

目標は必ずしも若い頃と同じ8時間睡眠を取り戻すことではなく、現在の睡眠パターンに合わせて生活リズムを整え、日中の心身の調子を良好に保つことだと理解することが、サポートの第一歩となります。

私たちの体には、意識しなくても約24時間周期で心身の状態を変化させる体内時計(たいないどけい)という機能が備わっています。

この体内時計が「夜は眠り、朝は起きる」という自然なリズムを作り出しているのです。

しかし、この精巧なシステムは加齢とともに少しずつ変化していきます。

特に重要なのが、メラトニンという睡眠を促すホルモンの分泌量です。メラトニンは夜暗くなると脳から分泌され、私たちを自然な眠りへと誘います。

若い頃はこのメラトニンが十分に分泌されるため、夜更かしをしても翌日には回復しやすいのですが、高齢になると分泌量が大きく減少してしまいます。

その結果、寝つきが悪くなる(入眠障害)、夜中に目が覚めやすくなる(中途覚醒)、朝非常に早く目が覚めてしまう(早期覚醒)といった症状が現れやすくなるのです。

また、加齢によって深いノンレム睡眠が減少し、浅いレム睡眠の割合が増えることも、睡眠の質が低下する一因です。

これにより、物音やわずかな光で目が覚めやすくなり、「ぐっすり眠れた」という満足感が得られにくくなります。

尾内医師 (精神科専門医) のアドバイス

加齢による体内時計の変化は誰にでも起こる自然なことですが、多くの方が『もう年だから仕方ない』と諦めてしまいがちです。しかし、決してそんなことはありません。後ほど詳しく解説しますが、日常生活のちょっとした工夫で体内時計のリズムを整え、睡眠の質を高めることは十分に可能ですよ。

原因②:日中の活動量低下や生活リズムの乱れ(生活習慣要因)

退職や身体機能の低下に伴い、日中の活動量が減ってしまうことも、夜間の不眠に大きく影響します。

日中に適度な運動や活動を行うと、心地よい疲労感が得られ、夜の寝つきがスムーズになります。

しかし、家で座っている時間が長くなると、体も脳も十分に疲労しないため、いざ寝ようとしてもなかなか眠れないという状態に陥りがちです。

また、やることがないために日中のうたた寝や長時間の昼寝が増えることも、夜間の睡眠を妨げる原因となります。

昼寝が長すぎると、夜になっても眠気が訪れず、結果として生活リズムが「昼夜逆転」に近づいてしまいます。

さらに、社会的な交流が減ることによる心理的ストレスや孤独感も無視できません。

親しい友人との会話や趣味の活動は、心に張りを与え、精神を安定させる効果があります。

こうした刺激が少なくなると、漠然とした不安感から寝つきが悪くなったり、夜中に目が覚めて考え事をしてしまったりすることが増えるのです。

元看護師としての私の経験でも、デイサービスなどで他者と交流する日は、夜によく眠れるという高齢者の方は非常に多くいらっしゃいました。

原因③:夜間頻尿や身体の痛み、かゆみ(身体的要因)

夜中に何度もトイレに起きてしまう夜間頻尿(やかんひんにょう)は、高齢者の睡眠を妨げる非常に一般的な原因です。

加齢により、夜間の尿量を調節するホルモンの分泌が減ったり、膀胱に溜められる尿の量が少なくなったりするため、夜中に尿意を感じやすくなります。

一度目が覚めてしまうと、そこからなかなか寝付けずに朝を迎えてしまう、という方は少なくありません。

関節リウマチや変形性膝関節症などによる慢性的な身体の痛みも、睡眠の質を大きく低下させます。

寝返りを打つたびに痛みで目が覚めてしまったり、特定の姿勢でしか眠れなかったりするため、熟睡感が得られません。

その他にも、皮膚の乾燥によるかゆみ、あるいは「むずむず脚症候群」のように、じっとしていると脚に不快な感覚が現れて眠れなくなるといった、特有の身体症状が不眠の原因となっているケースもあります。

ご本人が「眠れない」という訴えの裏に、こうした具体的な身体の不快感が隠れていないか、ご家族が気にかけてあげることが大切です。

原因④:うつ病や認知症、その他の疾患(精神・疾患要因)

高齢者の不眠は、単なる睡眠の問題ではなく、他の病気のサインである可能性も考慮する必要があります。

特に精神的な不調は睡眠に直結しやすいです。

例えば、高齢者のうつ病では、「寝つきが悪い」「夜中に目が覚める」といった不眠症状が非常に多く見られます。

また、不眠だけでなく、「食欲がない」「これまで楽しめていたことに興味がなくなった」「気分が落ち込んでいる」といった様子が見られる場合は注意が必要です。

また、認知症も不眠の大きな原因となり得ます。

認知症、特にアルツハイマー型認知症では、脳内の体内時計を調整する部分が障害されるため、睡眠と覚醒のリズムが乱れやすくなります。

昼夜が逆転してしまったり、夕方になると落ち着かなくなり徘徊がみられる「せん妄」という症状が現れたりすることもあります。

その他、高血圧や心臓病、呼吸器疾患などの生活習慣病も不眠につながることがあります。

例えば、睡眠時無呼吸症候群では、睡眠中に呼吸が止まることで脳が覚醒し、深い眠りが妨げられます。

尾内医師 (精神科専門医) のアドバイス

ご家族が『最近、ただ眠れないだけみたい』と感じていたとしても、その背景に治療可能なうつ病が隠れているケースは、臨床の現場で決して少なくありません。特に、不眠に加えて日中の意欲低下や気分の落ち込み、不安感が強く見られる場合は、年のせいと片付けずに、ぜひ一度かかりつけ医や私たちのような専門医にご相談いただきたいと思います。

原因⑤:服用している薬の副作用(薬剤性要因)

ご本人の健康のために服用している薬が、意図せずして不眠の原因となっている可能性もあります。

これを薬剤性不眠と呼びます。

例えば、以下のような薬には、副作用として不眠を引き起こすものがあります。

  • 一部の降圧剤(血圧の薬): β遮断薬など
  • ステロイド剤: 炎症を抑える薬
  • パーキンソン病治療薬
  • 気管支拡張薬: 喘息などの治療薬
  • 一部の抗うつ薬: 特に飲み始めに覚醒作用が出ることがある

もちろん、これらの薬は治療に必要不可欠なものですから、自己判断で中止することは絶対に避けるべきです。

しかし、「新しい薬を飲み始めてから眠れなくなった気がする」といった心当たりがある場合は、かかりつけの医師や薬剤師に相談することが重要です。

薬の種類を変更したり、服用時間を調整したりすることで、不眠が改善される可能性があります。

薬に頼る前に試したい!今日から自宅でできる10の不眠改善策

親御さんの不眠の原因が少し見えてきたところで、次はいよいよ具体的な対策です。

「でも、いきなり睡眠薬を飲ませるのは少し抵抗がある…」そうお考えの方も多いでしょう。

ご安心ください。薬に頼る前に、ご自宅で、ご家族のサポートのもとで試せる安全で効果的な方法がたくさんあります。

このセクションでは、今日からすぐに始められる10の具体的な不眠改善策を、「生活習慣」「運動」「食事」「環境」の4つのカテゴリーに分けて、詳しくご紹介します。

筆者の体験談

私自身も在宅で母を介護していた際、夜中に何度も起きてしまう母の姿を見て、「どうにかしてあげたい」と焦る気持ちと、「また今日も眠れないのか」という自分自身の疲労感との間で、本当に悩みました。その経験から痛感しているのは、まずはご家族が無理なく、そしてご本人が嫌がらずに続けられることを、一つでも見つけるのが一番大切だということです。ここでご紹介する方法の中から、ぜひご家庭に合ったものを見つけて試してみてくださいね。

【生活習慣編】体内時計をリセットする4つの工夫

乱れてしまった体内時計のリズムを整え、「夜は眠り、朝は起きる」というメリハリを体に取り戻すための、4つの基本的な生活習慣です。

1. 朝の光を浴びる(15分程度が目安)

朝起きたら、まずカーテンを開けて太陽の光を部屋に取り込みましょう。

網膜から入った光の刺激が脳に伝わり、体内時計をリセットしてくれます。

理想は、ベランダに出たり、窓際で外を眺めたりして、15分程度、直接光を浴びることです。

これにより、睡眠ホルモンであるメラトニンの分泌が止まり、心と体が活動モードに切り替わります。

2. 日中はできるだけ離床し、メリハリをつける

体調が良い日は、できるだけ寝床から出て、椅子に座って過ごす時間を増やしましょう。

パジャマから普段着に着替えるだけでも、気分が切り替わり、生活にメリハリが生まれます。

「日中は活動する時間、夜は休む時間」という意識をご本人とご家族で共有することが大切です。

3. 昼寝は15時までに20~30分以内

日中に眠気を感じるようでしたら、無理に我慢する必要はありません。

ただし、長い昼寝は夜の睡眠に悪影響を及ぼします。

昼寝をするなら、午後3時までに、時間は20~30分程度にとどめるのが理想的です。

横になって本格的に眠るよりも、椅子やソファに座ったままうたた寝する程度が良いでしょう。

4. 就寝・起床時間をなるべく一定にする

毎日同じ時間に寝て、同じ時間に起きることを習慣づけると、体内時計がそのリズムを記憶し、自然と眠りやすくなります。

「昨夜あまり眠れなかったから、今日は朝寝坊しよう」とすると、かえってリズムが乱れてしまいます。

多少寝不足を感じても、朝はいつもの時間に起きるように心がけることが、長期的に見て睡眠を安定させるコツです。

【運動編】心地よい疲労感を生む、安全な運動

日中に適度に体を動かすことは、夜間の良質な睡眠に不可欠です。

心地よい疲労感が、自然な眠気を誘ってくれます。ただし、激しい運動はかえって体を興奮させてしまうため、無理のない範囲で行うことが重要です。

高齢者の女性が椅子に座って、にこやかに肩を回したり、足首をゆっくり曲げ伸ばししたりしているイラスト数点

5. 日中の散歩や軽いウォーキング

天気の良い日には、ぜひ一緒に散歩に出かけてみてください。

ウォーキングは全身の血行を良くし、気分転換にもなる最適な運動です。

時間にこだわる必要はありません。まずは5分、10分からでも大丈夫です。

外の空気を吸い、季節の移り変わりを感じることは、セロトニン(日中の活動や精神の安定に関わるホルモン)の分泌を促し、夜のメラトニン生成にも良い影響を与えます。

6. 就寝前のリラックスストレッチ

夜、寝る前に軽いストレッチを行うと、日中の緊張でこわばった筋肉がほぐれ、副交感神経が優位になり、心身がリラックスモードに切り替わります。

布団の上でできる簡単なもので十分です。

これらの運動は、血行を促進し、心身をリラックスさせることで、スムーズな入眠をサポートします。

【食事編】睡眠の質を高める栄養と食事のタイミング

毎日の食生活も、睡眠の質に深く関わっています。

特定の栄養素を意識して摂ったり、食事のタイミングを工夫したりすることで、眠りやすい体づくりをサポートできます。

7. 眠りを誘う「トリプトファン」を多く含む食品

トリプトファン
は、体内でセロトニンやメラトニンの材料となる必須アミノ酸です。

トリプトファンを多く含む食品を、特に朝食で摂ると、日中のセロトニン生成が活発になり、夜の快眠につながります。

8. 夕食は就寝3時間前までに済ませる

胃の中に食べ物がたくさん残ったまま寝床につくと、消化活動のために内臓が働き続け、脳や体が十分に休まりません。

夕食は、できるだけ就寝の3時間前までには済ませるように心がけましょう。

もし、夜遅くに小腹が空いてしまった場合は、消化が良く、体を温めるホットミルクなどがおすすめです。

9. カフェインやアルコールを控えるタイミング

コーヒーや緑茶、紅茶などに含まれるカフェインには強い覚醒作用があります。

カフェインの血中濃度が半分になるには平均で約4時間かかりますが、その覚醒作用は8時間以上に及ぶこともあります。

不眠にお悩みの方は、少なくとも就寝の8時間前からはカフェインの摂取を避けるのが賢明です。

また、「寝酒」としてアルコールを飲む方もいますが、これは逆効果です。

アルコールは一時的に寝つきを良くするものの、利尿作用で夜中にトイレに行きたくなったり、睡眠の後半部分で眠りを浅くしたりするため、中途覚醒の原因になります。

[睡眠をサポートする食品と避けるべき食品・飲料のリスト]

カテゴリ積極的に摂りたいもの夕方以降は控えたいもの
飲み物ホットミルク、ハーブティー(カモミールなど)、白湯コーヒー、緑茶、紅茶、栄養ドリンク、アルコール類
食品豆腐・納豆(大豆製品)、乳製品、バナナ、ナッツ類、青魚消化の悪い脂っこい食事、唐辛子などの刺激物
その他就寝前の少量のハチミツ(血糖値を安定させる効果)チョコレート(カフェインを含む)

【環境編】安心して眠れる寝室づくり

ご本人が安心してリラックスできる寝室環境を整えることも、非常に重要です。

五感に働きかけるちょっとした工夫で、睡眠の質は大きく変わります。

10. 温度・湿度の調整、安心できる照明

快適な睡眠のためには、寝室の温度と湿度を適切に保つことが大切です。 

快適な室温には個人差がありますが、一般的に18~28℃の範囲が推奨されています。

特定の数値にこだわるよりも、ご本人が快適と感じる温度に調整し、特に寝具の中の温度が快適に保たれるように工夫することが大切です。

湿度は年間を通して50〜60%が目安とされています。

エアコンや加湿器などを上手に活用しましょう。

また、夜中にトイレに起きる際の転倒防止のためにも、照明の工夫は不可欠です。

部屋全体が明るすぎると睡眠を妨げてしまうため、足元を優しく照らすフットライト(足元灯)などを設置するのがおすすめです。

光だけでなく、音にも配慮が必要です。

テレビをつけっぱなしで寝てしまうと、脳が刺激されて深い眠りに入れません。

就寝前はテレビを消し、静かな環境を作りましょう。

もしご本人が好むようであれば、川のせせらぎや穏やかなクラシック音楽などを小さな音で流すのもリラックス効果が期待できます。

尾内医師 (精神科専門医) のアドバイス

ここに挙げられた10の対策の中で、私が特にご家族に試していただきたいのは、一番最初にご紹介した『朝の光を浴びること』です。これは、薬に頼らずに体内時計をリセットするための、最も強力かつ安全な方法の一つです。ご本人を無理に外に連れ出さなくても、ベッドサイドのカーテンを開けてあげるだけで実践できます。介護の負担も少なく、すぐに始められるこの習慣は、不眠改善の大きな第一歩になりますよ。

【認知症の方へ】ご家族ができる睡眠サポートのポイント

親御さんが軽度の認知症を抱えていらっしゃる場合、不眠への対応にはさらにきめ細やかな配慮が必要になります。

認知症に伴う不眠は、ご本人の不安や混乱が大きく影響しているため、ご家族の温かいサポートが何よりの「お薬」になることもあります。

このセクションでは、認知症の親御さんの睡眠をサポートするために、ご家族ができる具体的なポイントを「症状の理解」「関わり方」「日中の工夫」の3つの視点から解説します。

これは、まさに私の母の介護経験を通して、試行錯誤しながら学んだことでもあります。

なぜ認知症だと眠れなくなるの?(症状の理解)

まず大切なのは、認知症の方がなぜ眠れなくなってしまうのか、その背景にある特有の理由を理解することです。

一つは、時間や場所の感覚が不確かになる見当識障害(けんとうしきしょうがい)の影響です。

私たちにとっては当たり前の「今は夜だから寝る時間」という感覚が、認知症の方にとっては曖昧になってしまいます。

そのため、夜中に起きて活動しようとしたり、昼夜が逆転してしまったりすることが起こりやすくなります。

もう一つは、不安せん妄(せんもう)です。

特に、周囲が暗くなり、静かになる夕方から夜間にかけて、急に落ち着かなくなったり、混乱して大声を出したり、実際にはないものが見える「幻視」が現れたりすることがあります。

これは「夕暮れ症候群」とも呼ばれ、ご本人が強い不安を感じているサインです。

このような状態では、安心して眠りにつくことは困難です。

私の母も、夕方になると決まって「家に帰らないと」と落ち着きがなくなることがあり、その夜は眠りが浅くなる傾向がありました。

これらの症状は、ご本人にとっても辛いものです。

ご家族が「どうして眠ってくれないの」と責めるのではなく、「不安なんだな」「混乱しているんだな」と、その行動の裏にある気持ちを理解しようとすることが、サポートの第一歩となります。

不安を取り除くための関わり方

認知症の方の夜間の不穏や不眠は、不安感から来ることがほとんどです。

その不安を少しでも和らげ、安心して眠れる環境を整えるための具体的な関わり方をご紹介します。

穏やかな口調での声かけ

夜中に起きてしまった際に、ご家族が驚いたり焦ったりすると、その感情が伝わってご本人の不安をさらに煽ってしまいます。

まずは冷静に、穏やかな声で対応することが大切です。

声かけの例

否定的な言葉(「まだ夜中ですよ!」「早く寝なさい!」など)は避け、ご本人の気持ちを受け止めながら、安心できる言葉をかけてあげてください。

使い慣れた寝具や音楽で安心できる環境を作る

長年愛用している枕や肌触りの良いタオルケット、お気に入りのぬいぐるみなど、ご本人が心地よいと感じるもの、安心できるものを寝室に置くのも効果的です。

嗅覚や触覚からの慣れ親しんだ刺激は、心を落ち着かせる助けになります。

また、ご本人が若い頃によく聴いていた穏やかな音楽や、童謡などを小さな音量で流すのも良いでしょう。

音楽は記憶を呼び覚まし、心地よい気分にさせる効果が期待できます。

ただし、音に敏感な方もいらっしゃるので、ご本人の反応を見ながら試してみてください。

日中の活動を促す工夫

認知症の方の睡眠サポートにおいても、やはり「日中の活動」は非常に重要です。

単に体を疲れさせるだけでなく、役割や楽しみを持つことが、精神的な安定と生活リズムの改善につながります。

簡単な家事(洗濯物たたみなど)を一緒に行う

「何もしなくていいから座っていて」と全てをご家族がやってしまうのではなく、ご本人ができる範囲で簡単な役割をお願いしてみましょう。

例えば、洗濯物をたたむ、野菜の皮をむく(安全に配慮して)、テーブルを拭くなど、長年の主婦(主夫)経験が活かせる作業は、ご本人にとって自信や満足感につながります。

こうした「自分はまだ役に立てる」という感覚は、日中の覚醒レベルを高め、夜間の安眠に良い影響を与えます。

デイサービスの活用も視野に

ご家庭内での活動だけでは限界がある、あるいはご家族の負担が大きいと感じる場合は、デイサービス(通所介護)の利用を積極的に検討するのも一つの有効な手段です。

デイサービスでは、専門のスタッフのもとでレクリエーションやリハビリ体操などが行われ、他者との交流の機会も生まれます。

適度な運動と社会的な刺激は、まさしく快眠のための二大要素です。

何より、ご本人が日中に楽しく過ごす時間を持つことは、ご家族自身の休息時間(レスパイト)の確保にもつながり、介護生活全体に良い循環を生み出します。

睡眠薬との正しい付き合い方|ご家族が知っておくべきこと

ここまで、薬に頼らない対策を中心にお話ししてきましたが、生活習慣の改善だけではどうしても眠れない夜が続くこともあります。

そのような場合に頼りになるのが睡眠薬ですが、「依存性が怖い」「副作用が心配」といった不安をお持ちの方も少なくないでしょう。

このセクションでは、睡眠薬に対する正しい知識を持ち、過度に怖がることなく、上手に付き合っていくためのポイントを解説します。

薬は、医師の指導のもとで正しく使えば、ご本人とご家族の負担を大きく軽減してくれる味方になります。

高齢者が睡眠薬を服用する際のリスク

まず、ご家族が心配されるリスクについて正しく理解しておくことが大切です。

特に高齢者の場合、注意すべき点が2つあります。

一つは、ふらつき・転倒のリスクです。薬の効果が翌朝まで残ってしまう「持ち越し効果」により、日中に眠気を感じたり、足元がふらついたりすることがあります。

特に夜中にトイレに起きた際の転倒は、骨折などの大きな怪我につながる危険性があるため、十分な注意が必要です。

もう一つは、認知機能への影響です。一部の古いタイプの睡眠薬(ベンゾジアゼピン系)を長期間使用すると、物忘れがひどくなったり、注意力や判断力が低下したりする可能性が指摘されています。

しかし、これらのリスクは、薬の種類や量を適切に選択することで、最小限に抑えることが可能です。

最近では、持ち越し効果が少なく、より安全性の高い薬が開発されています。

いたずらに怖がるのではなく、リスクを理解した上で医師と相談することが重要です。

睡眠薬の種類と特徴

現在、不眠治療に使われる睡眠薬にはいくつかの種類があり、それぞれ作用の仕方が異なります。

ここでは代表的なものを簡単にご紹介します。

  • 非ベンゾジアゼピン系睡眠薬: 従来のベンゾジアゼピン系に比べて、筋弛緩作用や依存性が少なく、ふらつきなどの副作用が軽減されています。主に寝つきを良くする目的で使われることが多いです。
  • メラトニン受容体作動薬: 体内で分泌される睡眠ホルモン「メラトニン」と同じように作用し、自然な眠りを誘います。依存性がほとんどなく、安全性が高いのが特徴で、特に高齢者の不眠治療でよく用いられます。
  • オレキシン受容体拮抗薬: 脳を覚醒させる物質「オレキシン」の働きを抑えることで、脳を睡眠状態に切り替える新しいタイプの薬です。依存性が少なく、より自然な睡眠経過に近い効果が期待できます。

このように、睡眠薬と一括りにせず、様々な選択肢があることを知っておくだけでも、医師との相談がしやすくなるはずです。

漢方薬という選択肢について

西洋薬に抵抗がある場合、漢方薬が有効なケースもあります。

漢方薬は、体全体のバランスを整えることで、不眠の根本的な原因に働きかけることを目的としています。

  • 抑肝散(よくかんさん): イライラや興奮を鎮める効果があり、神経の高ぶりによる不眠や、認知症の方の夜間の不穏(せん妄)などにも使われます。
  • 酸棗仁湯(さんそうにんとう): 心身が疲労しているのに、頭が冴えて眠れないような「疲れすぎの不眠」に効果的です。
  • 加味帰脾湯(かみきひとう): 不安感が強く、あれこれ考えすぎて眠れないような、精神的なストレスによる不眠に用いられます。

ただし、漢方薬も体質に合わないと副作用が出ることがあります。

必ず医師や薬剤師に相談の上、処方してもらうようにしてください。

尾内医師 (精神科専門医) のアドバイス

睡眠薬に対して不安を感じるお気持ちは、私も日々患者さんと接する中で、非常によく分かります。大切なのは、ご自身の判断で薬を始めたり、急に中止したり、量を調整したりしないことです。必ず、かかりつけの医師に相談してください。そして、その際にはぜひ『ご家族から見たご本人の様子』を教えていただきたいのです。日中の活動量、夜中に何回くらい起きているか、食欲はあるかなど、一番近くで見ているご家族からの情報は、私たち医師が最適な薬や治療法を選ぶための、何よりも重要な手がかりになります。

医師に伝えるべきこと【相談用メモ付き】

いざ診察に行っても、緊張してしまって言いたいことを忘れてしまった、という経験はありませんか? 

医師に的確な情報を伝えるために、事前にメモを準備していくことを強くお勧めします。

医師に伝えると良い情報

【ご家族の方へ】介護の負担とストレスを抱え込まないために

親御さんの不眠は、ご本人はもちろんのこと、すぐそばで支えるご家族にとっても、心身ともに大きな負担となります。

夜中に何度も起こされたり、日中の不穏な言動に対応したり…。

「自分がしっかりしなければ」という責任感から、気づかないうちに無理を重ねてしまっている方も少なくありません。

しかし、介護者が心身の健康を損なってしまっては、元も子もありません。

このセクションは、他ならぬ「あなた自身」のためのものです。

筆者の体験談

私にも経験があります。母が眠れない夜、隣の部屋のわずかな物音に耳を澄ませ、不安な気持ちで何度も様子を見に行き、結局自分自身が朝まで一睡もできずに疲れ果ててしまったことが。あの頃は「母の不眠を治すこと」ばかりに必死で、自分の心と体が悲鳴を上げていることに気づけませんでした。どうか、私と同じように一人で抱え込まないでください

「完璧な介護」を目指さない

まず一番にお伝えしたいのは、「完璧な介護なんてない」ということです。

毎日ぐっすり眠らせてあげられないからといって、自分を責める必要は全くありません。

高齢者の睡眠には、これまで見てきたように様々な要因が複雑に絡み合っています。

ご家族の努力だけではどうにもならないこともたくさんあります。

「できることをやったら、あとは専門家にお任せしよう」「今日は少し休もう」と、良い意味で「手放す」勇気を持つことが、介護を長く続けていく上での何よりの秘訣です。

地域包括支援センターやケアマネジャーに相談する

「誰に相談していいか分からない」と感じたら、まずはお住まいの地域の地域包括支援センターに連絡してみてください。

ここは、高齢者の介護に関するあらゆる相談を受け付けてくれる公的な「よろず相談窓口」です。保健師や社会福祉士などの専門家が、親身に話を聞き、利用できる公的なサービスや専門機関を紹介してくれます。

すでに要介護認定を受けている場合は、担当のケアマネジャーが最も身近な相談相手です。

睡眠に関する悩みや介護の負担感を率直に伝えれば、ケアプランの見直しや、新しいサービスの導入などを一緒に考えてくれるはずです。

ショートステイなどを活用して休息をとる

介護保険サービスの中には、ショートステイ(短期入所生活介護)というものがあります。

これは、数日間から1週間程度、ご家族に代わって施設で介護をしてもらえるサービスです。

「親を施設に預けるなんて…」と罪悪感を感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、これは「レスパイトケア(介護者の休息のためのケア)」という、公的に認められた非常に重要なサービスです。

ご家族がまとまった休息をとることで、心身ともにリフレッシュし、また新たな気持ちで親御さんと向き合うことができます。

たまには介護から離れて、自分のためだけの時間を持つことを、ご自身に許可してあげてください。

高齢者の不眠に関するよくある質問(FAQ)

ここでは、高齢者の不眠に関してご家族からよく寄せられる質問について、Q&A形式で簡潔にお答えします。

Q. サプリメント(メラトニン、グリシン等)は効果がありますか?

A. 睡眠をサポートするとされるサプリメントは数多く市販されていますが、その効果には個人差があります。

例えば、グリシンは睡眠の質を深める効果が報告されています。海外ではメラトニンのサプリメントも一般的ですが、日本では医薬品扱いのため市販されていません。

サプリメントを試す際は、まずかかりつけの医師や薬剤師に相談することが重要です。

服用中の薬との飲み合わせによっては、予期せぬ副作用が起こる可能性もあります。

安全性を第一に考え、自己判断での使用は慎重に行いましょう。

Q. 夜中に何度も起こされますが、その都度対応すべきですか?

A. 安全が確保できるのであれば、必ずしも毎回完璧に対応する必要はありません。

特に認知症の方の場合、夜中に起きてご家族の姿が見えないと不安になって呼ぶことがあります。

そのような時は、まず「そばにいますよ」と安心させ、穏やかにベッドに戻るよう促してみてください。

危険な行動(外に出ようとするなど)がなく、ご本人がただ起きているだけであれば、少し離れた場所から静かに見守るという対応も時には必要です。

介護者の睡眠時間を確保することも、同じくらい大切だからです。

対応に困る場合は、ケアマネジャーや専門医に具体的な状況を相談し、アドバイスを求めましょう。

Q. 就寝前にお風呂に入るのは効果的ですか?

A. はい、効果が期待できます。

就寝の1時間半~2時間前に、38~40℃程度のぬるめのお湯にゆっくり浸かると、体の深部体温が一時的に上がります。

その後、体温が下がっていく過程で、自然な眠気が誘発されます。

ただし、熱すぎるお湯や、就寝直前の入浴は、交感神経を刺激してしまい逆効果になることがありますので注意が必要です。

また、脱衣所との温度差によるヒートショックにも十分気をつけてください。

まとめ:できることから一つずつ。ご家族で穏やかな夜を取り戻しましょう

この記事では、高齢の親御さんが眠れなくなる原因から、薬に頼らない10の具体的な対策、そしてご家族自身のケアに至るまで、幅広く解説してきました。

親御さんの不眠は、一つの原因で起こることは稀で、様々な要因が絡み合っています。

だからこそ、一つの対策ですぐに解決しようと焦らず、「できることから一つずつ試してみる」という気持ちが大切です。

最後に、この記事の要点をチェックリストにまとめました。

今日から何を始めるか、ご家族で話し合う際の参考にしてみてください。

今日から始める!高齢の親の快眠サポート チェックリスト

チェック項目具体的なアクション
□ 朝の習慣朝、一緒にカーテンを開けて日光を浴びたか
□ 日中の活動日中、少しでも身体を動かす機会(散歩、体操、家事など)を作れたか
□ 就寝前の習慣寝る前のカフェインや、スマホ・テレビの強い光を控えるよう促したか
□ コミュニケーション睡眠について不安や悩みを優しく聞いてあげたか
□ 専門家との連携薬のことで気になる点があれば、医師への相談メモを作成したか
□ 介護者のケア自分の休息時間を少しでも確保できたか、一人で抱え込まず相談できたか

尾内医師 (精神科専門医) からの最終メッセージ

親御さんの不眠を改善するためには、ご本人とご家族の根気強い取り組みが大切になります。この記事で紹介された対策を参考に、まずは一つ、ご家庭で無理なく試せそうなことから始めてみてください。そして何よりも、決してご家族だけで抱え込まないでください。かかりつけ医、ケアマネジャー、そして私たちのような専門家は、いつでも皆さんの味方です。どうぞ、気軽に頼ってくださいね。

参考文献リスト

  1. 健康づくりのための睡眠ガイド2023
    • 発行元: 厚生労働省
    • 概要: 最新の科学的知見に基づき、健康な睡眠を確保するための具体的な指針を国民向けに示した包括的なガイド。  
  2. 認知症診療ガイドライン2017
    • 発行元: 日本認知症学会
    • 概要: 認知症の診断、治療、ケアに関する標準的な指針。特に、認知症に伴う睡眠障害への薬物療法(オレキシン受容体拮抗薬など)の考え方について詳述されている。 
  3. 高齢者の睡眠障害の特徴と対策
    • 発行元: 日本内科学会
    • 概要: 加齢に伴う睡眠構造の変化や、高齢者特有の不眠の原因となる疾患(睡眠時無呼吸症候群、レストレスレッグス症候群など)について解説した医学論文。 
  4. 高齢者の不眠
    • 発行元: 日本老年医学会
    • 概要: 高齢者の不眠の病態と対応について、生理的変化から具体的な睡眠障害までを網羅した総説。  
  5. 睡眠障害対処12の指針
    • 発行元: 厚生労働省研究班(「睡眠障害の診断・治療ガイドライン作成とその普及に関する研究」班)
    • 概要: 国民向けの睡眠衛生指導の基本となる12項目を分かりやすく解説したページ。カフェイン摂取や昼寝のタイミングなど、実践的なアドバイスが含まれる。  
  6. 地域包括支援センターについて
    • 発行元: 厚生労働省
    • 概要: 高齢者の介護や福祉に関する総合相談窓口である「地域包括支援センター」の役割や機能について公式に解説した資料。 
  7. 高齢者の原発性不眠症に対するベンゾジアゼピン系睡眠薬の推奨
    • 発行元: 日本睡眠学会(日本老年医学会ガイドラインを引用)
    • 概要: 高齢者へのベンゾジアゼピン系睡眠薬の使用について、転倒などのリスクから推奨しないとする日本老年医学会のガイドラインの要点をまとめた声明。  
  8. 建築物環境衛生管理基準について
    • 発行元: 厚生労働省
    • 概要: 快適で健康的な室内環境を保つための基準を示した資料。寝室の温度(18℃~28℃)や湿度(40%~70%)の目安の根拠となる。
  9. こころの健康のために(睡眠・ストレス対処)
    • 発行元: 国立精神・神経医療研究センター
    • 概要: 睡眠スケジュール法やリラクセーション法など、専門機関が作成したセルフケアのための実践的なマニュアル。
  10. 介護保険と障害福祉サービスにおける短入所(ショートステイ)の利用について
    • 発行元: 厚生労働省
    • 概要: 介護者の休息(レスパイトケア)に活用できるショートステイ制度の概要や利用方法について解説した資料。

この記事を書いた人

葛飾橋病院

葛飾橋病院では精神科、神経科、内科、放射線科、歯科と様々な診療、治療を行っています。職員一同心をひとつに合わせて、患者様、ご家族の皆さまに心から安心していただけるホスピタルづくりを進めており、地域に密着した精神科医療の活性化に尽力していきます。当ブログでは精神科を中心とした記事を作成し患者様の心を少しでも和らげられるような発信をしていきます。