コラム

【精神科医が解説】中途覚醒に効く漢方薬は?更年期・ストレス…原因別の選び方と市販薬7選

【精神科医が解説】中途覚醒に効く漢方薬は?更年期・ストレス…原因別の選び方と市販薬7選
尾内隆志 医師の顔写真

この記事の監修者

尾内 隆志(おない たかし) Takashi Onai, M.D.
  • 資格:公益社団法人 日本精神神経学会 精神科専門医
  • 所属・役職:医療法人社団 一秀会 葛飾橋病院 理事長(院長
  • 専門分野:臨床精神科医学一般、EDに伴う心理的側面
  • 医籍登録:医師免許取得:平成12年5月(医籍登録番号:409881)
学歴・職歴(要点を表示)

学歴

  • 郁文館高等学校(平成3年4月〜平成6年3月)
  • 聖マリアンナ医科大学 医学部医学科(平成6年4月〜平成12年3月)

職歴

  • 東京大学医学部附属病院 精神神経科(平成12年4月〜平成13年5月)
  • 針生ヶ丘病院 精神科(平成13年6月〜平成15年5月)
  • 初石病院 精神科(平成15年6月〜平成17年5月)
  • 手賀沼病院 精神科(平成17年6月〜平成18年12月)
  • 葛飾橋病院 理事長(平成19年1月〜現在)

理事長/院長よりご挨拶:
昭和32年の開院以来、地域の皆様に支えられ半世紀をこえる歴史を重ねてまいりました。社会や生活スタイルの変化に伴い精神医療も大きく変化しています。私たちは優しく開かれた医療をめざし、地域に根ざした活動を推進し、患者様・ご家族に安心いただけるホスピタルづくりに尽力してまいります。

監修範囲

本記事のうち、精神科医の観点が関与する記述(EDに関連する心理的側面・受診の不安軽減・受診行動に関する助言等)について、事実関係と表現の妥当性を確認しました。医学的一般情報であり、特定の診断・治療の保証を行うものではありません。

  • 利益相反:申告すべき利益相反はありません。
  • 最終更新:

夜中に何度も目が覚めて、時計を見てはがっかりする…。

「また眠れなかった」と、疲れたまま朝を迎えるのは本当につらいですよね。

日中の仕事や家事に集中できず、心身ともにすり減っていくような感覚を覚える方も少なくないでしょう。

結論として、そのつらい「中途覚醒」の悩みは、漢方で体質の根本から改善できる可能性があります。 

西洋薬のように脳を直接眠らせるのではなく、眠れなくなっている「原因」にアプローチし、心と体のバランスを整えるのが漢方薬の得意分野です。

この記事では、精神科専門医である私、尾内隆志が、中途覚醒が起こるメカニズムから、あなたの症状や体質に合った漢方薬の具体的な選び方、そしてドラッグストアなど市販で手軽に始められる漢方薬まで、長年の臨床経験を基に専門家の視点で分かりやすく解説します。

この記事でわかること

この記事を読み終える頃には、あなたの長年の悩みに光が差し、穏やかな眠りを取り戻すための具体的な一歩が明確になっているはずです。

目次
  1. なぜ?夜中に何度も目が覚める「中途覚醒」のつらい悩み。その原因とは
  2. 睡眠薬と漢方薬はどう違う?中途覚醒に漢方がアプローチする仕組み
  3. まずはセルフチェック!あなたの不眠はどのタイプ?
  4. 【市販薬あり】症状・体質別!中途覚醒におすすめの漢方薬7選
  5. 特に40代・50代の女性へ。更年期の中途覚醒と漢方薬
  6. 漢方の効果を最大化する。今日からできる3つの養生法
  7. それでも改善しないときは?専門医への相談も選択肢に
  8. 中途覚醒と漢方薬に関するよくある質問(FAQ)
  9. まとめ:自分に合った漢方で、朝までぐっすり眠れる毎日を

なぜ?夜中に何度も目が覚める「中途覚醒」のつらい悩み。その原因とは

このセクションでは、まず多くの方が悩んでいる中途覚醒という症状そのものと、その背景にある主な原因について解説します。

ご自身の状況と照らし合わせながら、なぜ眠りが浅くなっているのかを理解していきましょう。

尾内医師より

夜中に何度も目が覚めてしまい、日中ぼーっとしてしまう…臨床の現場でも、そうした悩みを抱える40代以降の女性は非常に多いです。ご家庭や仕事で責任ある立場を任される年代であること、そして身体的な変化が重なることで、睡眠に影響が出やすいのです。決してあなただけの特別な悩みではありませんので、ご安心ください。

中途覚醒とは?日本人の5人に1人が抱える睡眠の悩み

中途覚醒とは、睡眠中に何度も目が覚めてしまい、その後なかなか寝付けなくなる状態を指す、不眠症の一つのタイプです。

一度眠りについても、2時間、3時間で目が覚めてしまい、そこから朝までうとうと…という経験はありませんか?

特に40代、50代の女性にとっては、非常に身近な悩みと言えるでしょう。

この状態が続くと、単に日中に眠いだけでなく、集中力や記憶力の低下、気分の落ち込み、イライラ感、そして免疫力の低下など、心身に様々な悪影響を及ぼす可能性があります。

質の良い睡眠は、私たちが健康で元気に活動するための土台なのです。

主な原因①:更年期によるホルモンバランスの乱れ

40代後半から50代にかけての女性にとって、中途覚醒の最も大きな原因の一つが更年期です。

閉経前後の約10年間、女性の体は大きく変化します。卵巣の機能が低下し、女性ホルモンであるエストロゲンの分泌が急激に減少するのです。

このエストロゲンは、単に妊娠・出産に関わるだけでなく、脳内で気分を安定させる神経伝達物質「セロトニン」の働きを助け、自律神経のバランスを保つ重要な役割も担っています。

エストロゲンが減少すると、セロトニンの分泌も不安定になり、不安や気分の落ち込みが起こりやすくなります。

さらに、自律神経のコントロールが乱れ、体温調節がうまくいかなくなり、ホットフラッシュ(のぼせ)や寝汗といった症状が現れます。

このような不快な身体症状が、夜中に目を覚まさせる直接的な引き金になることは少なくありません。

主な原因②:ストレスによる自律神経の乱れ(気の滞り)

仕事上のプレッシャー、家庭内の問題、人間関係の悩みなど、現代社会はストレスに満ちています。

過度なストレスは、私たちの体を常に緊張状態にする「交感神経」を優位にさせます。

本来、夜になるとリラックスモードの「副交感神経」が優位になり、心身は休息状態に入ります。

しかし、日中の緊張や不安を抱えたままだと、夜になっても交感神経が高ぶったままになり、眠りが浅く、少しの物音や刺激で目が覚めやすくなってしまうのです。

漢方医学では、この状態を「気滞(きたい)」と呼びます。

「気」とは生命活動の根源となるエネルギーのことですが、ストレスによってこの気の巡りが滞ってしまう状態が気滞です。

イライラしたり、ため息が出やすかったり、喉に何かが詰まったような感じがするのも、気滞のサインの一つです。

主な原因③:加齢や生活習慣による睡眠サイクルの変化

年齢を重ねると、深い睡眠である「ノンレム睡眠」が減少し、浅い「レム睡眠」の割合が増えるため、全体的に眠りが浅くなる傾向があります。

これは自然な生理的変化ですが、中途覚醒の一因となります。

また、不規則な生活習慣も睡眠の質を大きく左右します。

これらの原因は一つだけでなく、更年期とストレス、加齢と生活習慣のように、複数がお互いに影響し合っているケースがほとんどです。

ホルモンバランスと自律神経の関係を図解イラスト

睡眠薬と漢方薬はどう違う?中途覚醒に漢方がアプローチする仕組み

「眠れないなら睡眠薬を飲めばいいのでは?」と思うかもしれません。

しかし、副作用や依存性への不安から、睡眠薬に抵抗を感じる方は少なくありません。

このセクションでは、西洋薬である睡眠薬と漢方薬の考え方の違い、そして漢方がどのように中途覚醒にアプローチするのかを詳しく解説します。

睡眠薬は「脳を強制的に眠らせる」、漢方薬は「眠れない原因を整える」

西洋薬である睡眠薬(睡眠導入剤)は、脳の興奮を鎮める神経に直接作用し、いわば脳のスイッチを強制的にオフにすることで眠りを誘います。

そのため即効性が高く、つらい不眠症状を速やかに緩和するのに非常に有効です。

一方で、漢方薬は全く異なるアプローチを取ります。

眠れないという「結果」だけを見るのではなく、「なぜ眠れないのか?」という「原因」に目を向けます。

冷え、ストレス、ホルモンバランスの乱れ、栄養不足といった、不眠を引き起こしている根本的な体質の乱れ(アンバランス)を、生薬の力を借りて本来あるべき健やかな状態に戻していくことを目指します。

つまり、睡眠薬が「対処療法的」であるのに対し、漢方薬は「根本治療・体質改善」を目指すアプローチと言えます。

効果が現れるまでには時間がかかることもありますが、眠りやすい心身の状態を育んでいくことで、薬に頼らなくても自然に眠れるようになることを目標とします。

漢方の基本理論:心と体のバランスを整える「気・血・水」とは

漢方医学では、私たちの体は「気(き)・血(けつ)・水(すい)」という3つの要素で構成され、これらがバランス良く体内を巡ることで健康が保たれていると考えます。

これらの3要素は互いに影響し合っており、どれか一つでも不足したり、滞ったりすると、心身に様々な不調が現れます。

例えば、ストレスで「気」の巡りが滞れば(気滞)、イライラや不眠につながります。

栄養不足で「血」が不足すれば(血虚)、不安感が強まったり、眠りが浅くなったりします。

中途覚醒は「気」と「血」の不足・滞りが大きな原因

中途覚醒という症状を「気・血・水」の視点で見ると、特に「気」と「血」のアンバランスが大きく関わっているケースが多く見られます。

精神的な活動を支えているのは「血」です。

日中に頭を使ったり、考え事をしたりすると、この「血」が消耗されます。

夜になり、消耗した「血」が不足したままだと、精神を安定させることができず、脳が興奮状態になってしまいます。

これが、不安感が強まったり、夢を多く見たりして、夜中に目が覚める原因の一つです。

また、前述したように、ストレスは「気」の巡りを滞らせます。

気の巡りが悪いと、熱が上半身にこもりやすくなり、のぼせや寝苦しさを感じて目が覚めてしまいます。

漢方治療では、あなたの不眠が「気」「血」「水」のどのバランスの乱れから来ているのかを見極め、それを整えるための漢方薬を選択していくのです。

尾内医師より

多くの方が睡眠薬に対して依存性の不安を感じていますが、医師の指導のもと正しく使えば有効な治療です。ただ、私自身、日々の診療で『できれば薬に頼らず、自分の力で眠れるようになりたい』という声を数多く伺います。そうした、体質から見直したいと考える方にとって、漢方薬は心強い選択肢になります。ひとつ注意していただきたいのは、現在睡眠薬を服用中の方が、自己判断で急に中断するのは非常に危険だということです。必ずかかりつけの医師や薬剤師にご相談ください。

まずはセルフチェック!あなたの不眠はどのタイプ?

漢方では、同じ「中途覚醒」という症状でも、その方の体質や、不眠以外の症状によって原因が異なると考えます。

ご自身の心と体の声に耳を澄ませ、以下の4つのタイプのうち、最も当てはまるものがどれかチェックしてみてください。

当てはまる項目が多いほど、そのタイプの可能性が高いと言えます。

【A】ストレス・イライラタイプ(気滞 – きたい)

ストレスによってエネルギー(気)の巡りが悪くなり、心身が常に緊張している状態です。

交感神経が高ぶったままで、脳がリラックスできずに目が覚めてしまいます。

【B】考えすぎ・お疲れタイプ(心脾両虚 – しんぴりょうきょ)

胃腸の働きが弱く、栄養をうまく吸収できないため、精神を安定させる「血(けつ)」が不足している状態です。

脳に栄養が足りず、少しのことで不安になったり、考えが巡って眠れなくなります。

【C】ほてり・寝汗タイプ(陰虚火旺 – いんきょかおう)

加齢や過労によって体を潤す働きが弱まり、体内に余分な熱がこもっている状態です。

この熱が睡眠中に体を刺激し、寝苦しさや不快感で目を覚まさせます。

特に更年期の女性に多いタイプです。

【D】悪夢・びっくりしやすいタイプ(心胆気虚 – しんたんききょ)

精神的なエネルギーが極度に消耗し、心が不安定になっている状態です。

決断力が鈍り、ささいなことにも驚きやすくなるため、深く安らかな眠りを得ることが難しくなっています。

イライラ・不安で目が覚める「気滞(きたい)」タイプ

ストレスが主な原因で、エネルギーである「気」の巡りが滞っている状態です。

交感神経が常に高ぶっているため、寝ても脳が十分に休まらず、夜中に目が覚めやすくなります。

考えすぎて眠れない、貧血気味の「心脾両虚(しんぴりょうきょ)」タイプ

消化器系(脾)の働きが弱く、栄養をうまく吸収できないため、精神を安定させる「血」が不足している状態です。

脳に十分な栄養が行き渡らないため、不安感が強くなり、眠りが浅くなります。

ほてりや寝汗を伴う「陰虚火旺(いんきょかおう)」タイプ

加齢や過労により、体を潤す「陰(水)」が不足し、相対的に熱(火)が過剰になっている状態です。

体内に余分な熱(虚熱)がこもり、寝汗やほてりを引き起こして眠りを妨げます。

更年期の女性に特に多いタイプです。

悪夢を見がちで、日中も不安感が強い「心胆気虚(しんたんききょ)」タイプ

精神活動を司る「心」と、決断力を司る「胆」の両方のエネルギー(気)が不足している状態です。

精神的に不安定で、些細なことが気になったり、驚きやすくなったりするため、ぐっすり眠ることができません。

【市販薬あり】症状・体質別!中途覚醒におすすめの漢方薬7選

セルフチェックでご自身のタイプがなんとなく掴めたでしょうか。

このセクションでは、いよいよ具体的な漢方薬を紹介していきます。

ドラッグストアなどで購入できる市販薬も多数ありますので、ぜひ参考にしてください。

【気滞タイプに】ストレスやイライラを鎮める「抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)」

抑肝散加陳皮半夏は、高ぶった神経を鎮め、「気」の巡りをスムーズにすることで、イライラや怒りっぽさを和らげる漢方薬です。

もともとは子どもの夜泣きに使われていましたが、現在では大人の不眠や神経症にも広く用いられます。

特に、ストレスで歯ぎしりや食いしばりをしてしまうような方におすすめです。

陳皮と半夏が加わることで、胃腸への負担も軽減されています。

【心脾両虚タイプに】貧血気味で不安感が強いなら「加味帰脾湯(かみきひとう)」

加味帰脾湯は、胃腸の働きを助けて栄養の吸収を高め、不足した「血」を補うことで、心に栄養を与えて精神を安定させる漢方薬です。

くよくよ考えすぎて眠れない、貧血気味で顔色が悪い、物忘れが多いといった症状に効果が期待できます。

私が診療で、中途覚醒に悩む患者さんに最初にお勧めすることも多い処方の一つです。

【陰虚火旺タイプに】体の熱を冷まし、潤いを与える「酸棗仁湯(さんそうにんとう)」

酸棗仁湯は、心身が疲労しきって眠れない「虚労(きょろう)」の状態に用いられる代表的な漢方薬です。

不足した「陰」と「血」を補い、体内にこもった余分な熱を冷ますことで、穏やかな眠りへと導きます。

特に、心身ともに疲れ果てているのに、頭が冴えて眠れないという方に適しています。

【幅広い体質に】体力がなく、精神不安がある場合の「柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)」

柴胡加竜骨牡蛎湯は、体力が中等度以上あり、ストレスによる気の滞りと、精神的な不安定さが混在している状態に用いられます。

精神を安定させる竜骨・牡蛎といった生薬が含まれており、動悸、不安、不眠、イライラといった様々な精神症状を鎮める効果が期待できます。

比較的体力のある方の、ストレスによる中途覚醒に適しています。

【市販薬】寝つきが悪い、眠りが浅いと感じ始めたら「ナイトミン漢方」

小林製薬から販売されている市販薬で、酸棗仁湯をベースにした処方です。

仕事や家事のストレス、不規則な生活などで心身が疲労し、眠りが浅くなっている方に適しています。

顆粒タイプで飲みやすいのも特徴です。

【市販薬】イライラ・神経の高ぶりに「漢方ナイトミン 抑肝散錠」

小林製薬から販売されている「抑肝散(よくかんさん)」を有効成分とする市販薬です。

ストレスによる神経の高ぶりやイライラを鎮める効果が期待でき、怒りっぽくなって眠れない方や、考え事をしてしまいがちな方に適しています。

錠剤タイプです。
※注:同じブランドの「ナイトミン漢方」は「酸棗仁湯」が主成分であり、処方が異なりますのでご注意ください。

【市販薬】不眠症、神経症に効果が期待できる「スリーピンα」

薬王製薬から販売されている市販薬で、漢方処方「抑肝散」を有効成分としています。

ストレスによるイライラや神経の高ぶりを鎮め、穏やかな眠りをサポートします。

中途覚醒におすすめの漢方薬 比較一覧表

漢方薬名主な対象タイプ主な効果市販の有無こんな人におすすめ
抑肝散加陳皮半夏気滞イライラ、神経の高ぶりを鎮めるストレスで歯ぎしりしてしまう、怒りっぽい
加味帰脾湯心脾両虚不安感を和らげ、心を落ち着ける貧血気味でくよくよ考え込む、疲れやすい
酸棗仁湯陰虚火旺・虚労心身の疲労を回復させ、熱を冷ます疲れ切っているのに頭が冴えて眠れない
柴胡加竜骨牡蛎湯気滞・混合不安や動悸を鎮め、精神を安定させる体力があり、ストレスで便秘がちな方
ナイトミン漢方虚労心身の疲れを取り、浅い眠りを改善○(市販薬)最近眠りが浅いと感じ始めた方
※有効成分は酸棗仁湯です。
漢方ナイトミン
抑肝散錠
気滞イライラ、神経の高ぶりを鎮める○(市販薬)ストレスや不安で眠れない方
※有効成分は抑肝散です。
スリーピンα気滞イライラや興奮を抑え、不眠を改善○(市販薬)ストレスによる不眠に悩む方
※有効成分は抑肝散です。

尾内医師より

漢方薬を選ぶ上で最も重要なのは、その人の体質や状態を示す『証(しょう)』に合っているかということです。ここに挙げたのは、あくまで一般的な目安と考えてください。例えば、市販薬を2週間ほど試しても改善が見られない、あるいはどのタイプか自分では判断が難しいという場合は、ぜひ一度、漢方に詳しい医師や薬剤師といった専門家にご相談ください。より的確な診断と処方が、改善への近道となります。

特に40代・50代の女性へ。更年期の中途覚醒と漢方薬

40代、50代の女性の中途覚醒は、更年期という特有の背景が色濃く影響しています。

このセクションでは、更年期の不眠に焦点を当て、なぜ漢方薬が有効な選択肢となり得るのか、そして「女性の聖薬」とも呼ばれる代表的な漢方薬について、精神科医の視点から深く解説します。

更年期に不眠が悪化する医学的な理由

前述の通り、更年期には女性ホルモン「エストロゲン」が急激に減少します。

このエストロゲンの減少は、自律神経の司令塔である脳の視床下部に直接影響を与え、コントロールを乱れさせます。

その結果、体温調節がうまくいかなくなり、突然カーッと体が熱くなるホットフラッシュや、寝ている間にびっしょり汗をかく寝汗が起こります。

このような不快な身体症状が、夜中に目を覚ます物理的な原因となるのです。

さらに、エストロゲンは気分を安定させる神経伝達物質「セロトニン」の生成にも関わっています。

セロトニンが不足すると、不安感や抑うつ気分が強まります。

また、セロトニンは睡眠ホルモン「メラトニン」の原料でもあるため、セロトニンの不足はメラトニンの不足にも繋がり、結果として睡眠の質そのものを低下させてしまうのです。

このように、更年期の不眠は「身体症状」と「精神症状」が複雑に絡み合って起こるのが特徴です。

「三大婦人薬」が更年期の不眠に効果的なわけ

漢方医学には、古くから女性特有の不調に用いられてきた「三大婦人薬」と呼ばれる処方があります。

これらは、単に不眠だけに効くのではなく、更年期に起こりがちな様々な症状を包括的に改善することで、結果として睡眠の質を高めてくれるのが大きな特徴です。

イライラ・のぼせに「加味逍遙散(かみしょうようさん)」

加味逍遙散は、更年期治療において最も頻繁に用いられる漢方薬の一つです。

ストレスによる「気」の滞り(気滞)を解消し、不足した「血」を補うことで、精神的な不安定さを和らげます。

特に、イライラ、怒りっぽい、不安感といった精神症状が強く、同時にホットフラッシュや肩こり、頭痛といった身体症状も見られる方に非常に効果的です。

心と体の両面からバランスを整え、穏やかな状態に導きます。

不安・落ち込みに「当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)」

当帰芍薬散は、「血」を補い、血行を促進する作用に優れています。

また、体内の余分な「水」を取り除くことで、冷えやむくみを改善します。体力がなく、痩せ型で、冷え性、貧血気味の方の更年期症状に適しています。

特に、気分の落ち込みやめまい、立ちくらみ、疲労感が強い場合の中途覚醒に用いられます。

冷え・めまいに「桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)」

桂枝茯苓丸は、滞った「血」の流れを改善する「駆瘀血剤(くおけつざい)」の代表的な処方です。

比較的体力があり、のぼせるのに足は冷える「冷えのぼせ」や、肩こり、下腹部痛、月経トラブルといった症状がある方に適しています。

血行を改善することで、ホルモンバランスの乱れからくる様々な不調を和らげます。

尾内医師より

更年期は、ご自身の体や心が、これまでとは違うステージに入っていく大きな転換期です。眠れない夜が続くと、『自分だけがおかしいのではないか』と不安になり、自分を責めてしまいがちです。でも、それはあなたのせいではありません。ホルモンバランスという、自分ではコントロールできない大きな変化に、心と体が必死に適応しようとしている証拠なのです。漢方は、そうした揺らぎ全体を穏やかにサポートしてくれる、お守りのような存在になり得ます。一人で抱え込まずに、ぜひ専門家を頼ってくださいね。

漢方の効果を最大化する。今日からできる3つの養生法

漢方薬を服用するだけでなく、日々の生活習慣を見直す「養生」を組み合わせることで、その効果は格段に高まります。

ここでは、専門家の視点から、今日からすぐに始められる3つの簡単な養生法をご紹介します。

【食事】就寝3時間前までに、消化に良い温かい食事を

質の良い睡眠のためには、胃腸に負担をかけないことが大切です。

就寝直前に食事を摂ると、消化活動のために内臓が働き続け、脳が十分に休むことができません。

夕食は、遅くとも就寝の3時間前までに済ませるように心がけましょう。

メニューは、消化が良く、温かいものがおすすめです。

野菜スープや味噌汁、おかゆなどは、体を内側から温め、リラックス効果のある副交感神経を優位にしてくれます。

逆に、脂っこいものや冷たいものは、消化に時間がかかり、体を冷やす原因になるため、夜は避けた方が賢明です。

【運動】夕方の軽いウォーキングで、心地よい疲労感を

日中に適度な運動をすると、体温が一時的に上がり、夜にかけて体温が下がる際の落差で自然な眠気が誘発されます。

激しい運動はかえって交感神経を高ぶらせてしまうため、夕方頃に30分程度のウォーキングや軽いストレッチなど、心地よい疲労感を得られる程度の有酸素運動が最適です。

特に、太陽の光を浴びながらのウォーキングは、気分を安定させるセロトニンの分泌を促すため、精神的な安定にも繋がります。

忙しい毎日だとは思いますが、一駅手前で降りて歩いてみるなど、生活の中にうまく取り入れてみてください。

【入浴】寝る90分前に、ぬるめのお湯にゆっくり浸かる

就寝前の入浴は、心身をリラックスさせ、スムーズな入眠を助けるための重要な習慣です。

ポイントは「タイミング」と「温度」です。

就寝の約90分前に、38〜40℃程度のぬるめのお湯に15分〜20分ほどゆっくり浸かるのが理想的です。

入浴によって上昇した深部体温が、90分かけてゆっくりと下がる過程で、強い眠気が訪れます。

42℃以上の熱いお湯は交感神経を刺激してしまい、逆効果になることもあるので注意が必要です。

リラックス効果のあるアロマオイル(ラベンダーなど)を数滴垂らすのもおすすめです。

それでも改善しないときは?専門医への相談も選択肢に

市販の漢方薬や養生法を試しても、なかなか中途覚醒が改善しない。

あるいは、日中の眠気や気分の落ち込みがひどく、日常生活に支障が出ている。

そんなときは、一人で悩まずに専門家へ相談することを強くお勧めします。

市販薬を試しても改善しない、日中の不調がひどい場合は受診を

受診を検討する目安は以下の通りです。

これらのサインは、単なる不眠ではなく、背景にうつ病や不安障害、あるいは他の身体疾患が隠れている可能性も示唆しています。

専門家による適切な診断を受けることが、解決への第一歩です。

何科に行けばいい?精神科・心療内科・婦人科の選び方

「病院に行くべきなのはわかったけれど、何科に行けばいいの?」と迷う方も多いでしょう。

以下を参考にしてください。

医師には何を伝えればいい?受診前の準備リスト

受診の際は、ご自身の症状をできるだけ具体的に伝えることが、的確な診断につながります。

事前に以下の点をメモしておくとスムーズです。

  1. いつから眠れないか(例:半年前から)
  2. 具体的にどのように眠れないか(例:夜中の2時と4時に必ず目が覚める)
  3. 睡眠時間(平均して何時間くらい眠れているか)
  4. 日中の症状(眠気、だるさ、集中力低下、気分の変化など)
  5. 不眠以外の心身の症状(頭痛、肩こり、動悸、更年期症状など)
  6. 現在服用中の薬やサプリメント(お薬手帳を持参すると確実です)
  7. 試してみたセルフケア(市販薬、生活習慣の改善など)
  8. 生活の中での変化やストレスの有無

私の臨床経験から:ある患者さんのケース

以前、私のクリニックに、49歳の女性Aさんが「夜中に何度も目が覚めて、もう何年もぐっすり眠れていない」と相談に来られました。

お話を伺うと、仕事の責任が重くなった時期から不眠が始まり、最近は更年期のようなのぼせやイライラも重なって、日中は疲れ果てているとのことでした。

診察の結果、Aさんはストレスによる「気滞」と、更年期による「血」の不足が合わさった状態だと判断しました。

そこで、まずイライラやのぼせを鎮める「加味逍遙散」を処方し、同時にカウンセリングを通じて仕事のストレスを整理するお手伝いをしました。

服用を始めて1ヶ月ほどで、「イライラすることが減り、カッと熱くなる感じが和らいだ」と話され、3ヶ月後には「夜中に起きる回数が半分以下になった。

朝まで眠れた日もあって、本当に嬉しい」と、明るい表情で報告してくださいました。

この事例のように、漢方薬と精神的なケアを組み合わせることで、長年の悩みが改善に向かうケースは少なくありません。

中途覚醒と漢方薬に関するよくある質問(FAQ)

最後に、患者さんからよくいただく質問とその回答をまとめました。

Q. 漢方薬の副作用はありますか?

A. 漢方薬は自然の生薬から作られているため、副作用がない、あるいは少ないと思われがちですが、医薬品である以上、副作用のリスクはゼロではありません。


体質に合わないと、胃もたれや下痢、発疹などが出ることがあります。

また、稀に間質性肺炎や肝機能障害といった重篤な副作用が起こる可能性もあります。

特に、甘草(カンゾウ)という生薬を含む漢方薬を長期に服用すると、偽アルドステロン症(むくみ、血圧上昇など)を引き起こすことがあります。

服用を始めて何か異変を感じたら、すぐに中止して医師や薬剤師に相談してください。

Q. 効果はどれくらいの期間で実感できますか?

A. 効果の現れ方には個人差がありますが、一般的には2週間から1ヶ月程度で何らかの変化を感じ始める方が多いです。

漢方薬は体質をゆっくりと改善していくものなので、西洋薬のような即効性は期待できません。

焦らずに、まずは1ヶ月続けてみることをお勧めします。それでも全く変化が感じられない場合は、薬が体質に合っていない可能性があるので、専門家にご相談ください。

Q. 他の薬やサプリメントとの飲み合わせは?

A. 注意が必要です。 漢方薬同士や、西洋薬との組み合わせによっては、特定の成分が過剰になったり、予期せぬ作用が出たりする可能性があります。

例えば、複数の漢方薬に甘草が含まれていると、偽アルドステロン症のリスクが高まります。

また、セントジョーンズワート(セイヨウオトギリソウ)などのサプリメントは、多くの薬の効果に影響を与えることが知られています。

現在服用中の薬やサプリメントがある場合は、必ず事前に医師や薬剤師に伝えてください。

Q. 保険は適用されますか?

A. 医師が治療に必要だと判断して処方した漢方薬(医療用漢方製剤)には、健康保険が適用されます。

現在、約150種類の漢方エキス製剤が保険適用の対象となっています。

自己負担額は、通常の西洋薬と同じく1〜3割です。ただし、ドラッグストアなどで購入する市販の漢方薬は、全額自己負担となります。

まとめ:自分に合った漢方で、朝までぐっすり眠れる毎日を

この記事では、つらい中途覚醒の原因から、ご自身の体質に合った漢方薬の選び方、そして専門家への相談の目安まで、詳しく解説してきました。

夜中に目が覚めるのは、あなたの心と体が発している「バランスが崩れているよ」という大切なサインです。 

その原因は、更年期のホルモンバランスの乱れかもしれませんし、日々のストレスの積み重ねかもしれません。

漢方薬は、その根本原因に働きかけ、体質から健やかな眠りを取り戻すための力強い味方になってくれます。

まずはこの記事を参考に、ご自身のタイプを見極め、市販薬や養生法といった、できそうなことから始めてみてはいかがでしょうか。

尾内医師からの最後のメッセージ

つらい不眠は、体からの『少し休んで』というサインかもしれません。完璧を目指さず、まずはご自身の体と心に優しく耳を傾け、今日できそうなことを一つだけやってみてください。それが、穏やかな眠りを取り戻すための、最も大切で確実な一歩です。この記事が、あなたが朝までぐっすりと眠れる毎日を取り戻すための一助となれば、これほど嬉しいことはありません。

中途覚醒対策 最終チェックリスト

チェック項目
自分の不眠の原因(更年期・ストレスなど)を大まかに把握できたか
体質診断で自分のタイプをチェックし、合いそうな漢方薬の目星をつけられたか
まずは市販薬や、食事・運動・入浴といった養生法を試してみる
2週間以上改善がなければ、一人で悩まず専門医に相談することを検討する

参考文献リスト

  1. 不眠症 | e-ヘルスネット(厚生労働省)
    • 内容:厚生労働省が提供する健康情報サイト。不眠症の定義、種類、原因、対処法について医学的な情報がまとめられています。 
  2. 令和4年国民健康・栄養調査結果の概要(厚生労働省)
    • 内容:日本人の健康や栄養摂取状況に関する最新の公式統計。記事内で引用されている「日本人の5人に1人が睡眠問題を抱えている」というデータの根拠となります。 
  3. 健康づくりのための睡眠指針2014(厚生労働省)
    • 内容:国民の健康増進を目的に厚生労働省が策定した睡眠に関するガイドライン。「睡眠12箇条」など、質の良い睡眠のための具体的な指針が示されています。  
  4. 医薬品医療機器情報提供ホームページ(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構 – PMDA)
    • 内容:日本の医薬品や医療機器に関する情報を検索できる公的データベース。漢方薬を含む、個別の医薬品の効能・効果や副作用について確認できます。  
  5. 政府統計の総合窓口(e-Stat)
    • 内容:日本の各府省が公表する統計データを集約したポータルサイト。「国民健康・栄養調査」などの一次データへアクセスできます。  
  6. 公益社団法人 日本精神神経学会
    • 内容:記事を監修した尾内医師が所属する精神科領域の主要な学術団体。専門医制度の運営などを行っています。  
  7. 日本精神神経学会 専門医名簿検索
    • 内容:日本精神神経学会が認定する専門医を検索できるシステム。医師の資格情報を確認することができます。  
  8. 公益社団法人 日本東洋医学会
    • 内容:漢方医学をはじめとする東洋医学の学術団体。保険適用される漢方薬の種類などに関する情報を提供しています。
  9. 一般社団法人 日本生活習慣病予防協会
    • 内容:生活習慣病に関する調査・統計データを分かりやすく解説・提供している団体。厚生労働省の調査結果などを基にした情報が掲載されています。
  10. 医療法人社団一秀会 葛飾橋病院
    • 内容:記事を監修した尾内隆志医師が理事長を務める病院の公式サイト。監修者の所属を確認できます。

この記事を書いた人

葛飾橋病院

葛飾橋病院では精神科、神経科、内科、放射線科、歯科と様々な診療、治療を行っています。職員一同心をひとつに合わせて、患者様、ご家族の皆さまに心から安心していただけるホスピタルづくりを進めており、地域に密着した精神科医療の活性化に尽力していきます。当ブログでは精神科を中心とした記事を作成し患者様の心を少しでも和らげられるような発信をしていきます。